昨年末、厚生労働省は、新たな介護福祉士国家試験における実務経験ルートの受験資格として検討されてきた600時間課程を、450時間まで削減する案を発表した。一気に150時間分の研修を削減するという"衝撃的"な厚労省の提案を、介護関係者はどのように受け止めているのか―。現場のルポなどを交えながら考える
■150時間削減「バナナのたたき売りのよう」
「バナナのたたき売りのように、研修時間を減らしてどうするのか」
「ハードルを下げることが人材確保につながるのか、はなはだ疑問」
「この答申を出しても、現場はより混沌とするだけ」
昨年12月22日に開かれた「今後の介護人材養成の在り方に関する検討会」。600時間課程を450時間まで減らすと提案した厚労省に対し、委員からは激しい批判の声が相次いだ。
介護福祉士の受験資格については、2007年12月5日に公布された「社会福祉士及び介護福祉士法等の一部を改正する法律」に基づき、図1のように改正されることになっていた。中でも大きく変わるのが、3年以上の実務経験者の受験資格だ。現在は無条件で受験資格が与えられるが、この制度が導入されれば、受験資格を得るために600時間の講習を受けなければならない。
600時間課程の導入を強く主張する日本介護福祉士会の石橋真二会長は、その意義について次のように説明する。
「07年の改正では、養成施設ルートには1800時間の研修が課されることになりました。一定の能力を持った人材に資格を与える原則にのっとれば、現場で働いている人たちにも同等の研修が必要なところです。ただ、働きながら授業を受けるのは、とても難しい。それで1800時間のうち、現場の経験で置き換えられる部分は削り、600時間という数字が算出されました」
1800時間の研修のうち、3年の現場経験で習得できる内容を1200時間程度と見込み、それ以外を改めて勉強してもらおうというわけだ。むろん600時間でも決して短いとは言えない。だが石橋会長は、これ以上時間を減らすことはできないという。
「実習など、確実に実務で置き換えられる時間だけでなく、一般教養や生活支援技術などをできる限り削除した上での600時間です。この時間は譲れません」
■医行為の研修が加わったのに...
しかし厚労省は、譲れないはずの一線を軽く飛び越え、150時間も削減した研修を提案した。再提案の理由について厚労省は、「『研修時間が長過ぎるから、介護福祉士の受験はあきらめる』という人が増えては困る」と説明。450時間という設定の根拠については、「必要と思われる研修内容を再検討し、積み重ねた結果、その数字になった。(この研修と3年以上の実務経験があれば、養成施設ルートの)1800時間と同じ効果が得られる」としている。
この厚労省の主張に対し、石橋会長は次のように指摘する。
「昨年、介護福祉士の資格に、たんの吸引などの医行為に関する研修を盛り込む方針が固まりました。つまり、600時間課程の導入が決まった後、さらに研修内容が増えたのです。どんな見直しをしたにせよ、内容が増えたのに時間は150時間も減るというのは理解できません。最初から削減ありきで検討されていたとしか思えない」
■600時間も450時間も「長過ぎる上に無意味」という現場の声
特別養護老人ホーム「江戸川光照苑」の水野敬生苑長も、実務経験ルートの研修時間を600時間から450時間に減らす点について、「全く意味が分からない」と疑問を呈する。もっとも水野苑長は、600時間にしても450時間にしても、現場の職員にとっては、いずれも「長過ぎる上に無意味」だと言う。
「最近、介護経験のない人がどんどん現場に入って来ていますから、各施設とも人材教育や研修に力を注いでいます。そんな中で、さらに450時間課程を導入しても、どれほどの意味があるでしょうか」
事実、江戸川光照苑では月に2回、救急救護やリスクマネジメント、ターミナルケアなどの研修を企画。特に医行為については、年に3回、看護師を招いて定期的な研修を行う上、サービスマナーについてのロールプレイ研修も実施している。
「600時間や450時間の研修を考えた人に、ぜひ聞きたいですね。『これだけ努力している従事者に、さらに何百時間も何を教えてくれるんですか?』と。確かに施設の中には、あまり研修に力を注いでいないところもある。でも、そんな施設に合わせて資格の仕組みをつくられてしまうと、まじめに取り組んでいる方としては本当に困るのです」(水野苑長)
こうした声を上げるのは、水野苑長だけではない。昨年10月の「今後の介護人材養成の在り方に関する検討会」に招かれた5人の介護従事者は、異口同音に「600時間課程」を厳しく批判。中には、「とても受講できない。資格を取るなと言われているようなもの」「本当に大切なことは現場で経験できる。学校を出て試験に受かり、それで介護福祉士に慣れるという方が間違っている」と言い切る従事者もいた。
それでも石橋会長は、次のように指摘し、従来の決定通りに制度改正を進めるべきと主張する。
「一定の能力を持った人材を保証できなければ、介護福祉士という資格の評価は高まりません。そして評価が高まらなければ、処遇改善も期待できない。介護福祉士の質を一定に保ち、将来的な処遇改善を実現するためにも、実務者にも決まった機関で決まった時間の研修を課す必要があるのです」