【第131回】川合秀治さん(全国老人保健施設協会会長)
この10月、厚生労働省の「介護職員等によるたんの吸引等の実施のための制度の在り方に関する検討会」で決まった「たんの吸引等の試行事業」の実施に向け、介護職員の指導を担当する医師や看護師らへの研修が始まった。順調に進めば来年3月には、介護老人保健施設(老健)やグループホームなどでも、介護職員がたんの吸引や経管栄養を手掛けるようになる。介護職員の医行為や、そのための研修の在り方について、老健の現場の人々はどう考えているのか―。全国老人保健施設協会の川合秀治会長に聞いた
この10月、厚生労働省の「介護職員等によるたんの吸引等の実施のための制度の在り方に関する検討会」で決まった「たんの吸引等の試行事業」の実施に向け、介護職員の指導を担当する医師や看護師らへの研修が始まった。順調に進めば来年3月には、介護老人保健施設(老健)やグループホームなどでも、介護職員がたんの吸引や経管栄養を手掛けるようになる。介護職員の医行為や、そのための研修の在り方について、老健の現場の人々はどう考えているのか―。全国老人保健施設協会の川合秀治会長に聞いた
■医行為の研修はあくまでOJT中心で
―「たんの吸引等の試行事業」に向けた研修が始まりました。この試行事業に関する会長のご意見をお聞かせください。
その内容はさておき、まず声を大にして言いたいことがあります。「たんの吸引等の試行事業」を決めた「介護職員等によるたんの吸引等の実施のための制度の在り方に関する検討会」に、なぜ、われわれ老健のメンバーが入っていないのか、ということです。老健には、医師もいれば看護師も介護職員もいます。医療・介護の連携が不可欠な事業の内容を検討するに当たって、われわれの経験や意見を生かさない手はないと思うのです。
―今回の試行事業では、参加者に対し、実地研修のほか、50時間の講義を含む基礎講習も義務付けられています。
研修の中心に据えるべきは、座学よりもオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)です。現場では、さまざまな課題について身をもって体験し、学ぶことができます。例えば患者の家族とのコミュニケ―ションの取り方などは、いくら座学で伝えても、身に付くとは思えません。だからこそ、老人保健施設の現場を見て、試行事業の研修計画を練ってほしかったのです。
―すると医行為に関しては、座学はあまり意味がないということでしょうか。
必ずしもそうとは言い切れません。例えば、これから介護福祉士の資格を取ろうという人に向けた研修には、医行為をテーマとした座学を組み込むべきです。介護福祉士になれる職種は多種多様です。中には、ほとんど医療と関連のない分野から、この道を目指す人もいるわけですから、資格取得のためのカリキュラムには医学の講義が必要でしょう。ただ、それでも座学ばかりでなく、現場を強く意識したカリキュラムを組んでほしいですね。一方、既に介護福祉士の資格を持ち、現場で活躍している人に対する研修は、OJT一本でいいのではないでしょうか。
いずれにせよ、たんの吸引や経管栄養については、現在ある制度を工夫することで、実施できる担当者を拡大すべきです。中には介護職員の医行為について、新たな法を定めて業務独占資格にすべきではないかという意見もありますが、それでは時間がかかり過ぎるように思います。
―たんの吸引や経管栄養を医行為から外したらどうか、という意見もあります。
そうすることで介護職員が医行為に取り組みやすくなる、という側面はあるでしょう。その一方で、医行為という一線がなくなった時、どんなことが起こるのか、もっと議論を深める必要があると思います。場合によっては、規制を緩和した結果、利潤だけを追求する業者が参入し、思わぬ"副作用"が発生するかもしれません。
医行為から外すなら外すで、事故を起こさないための工夫と仕組みづくりが必要です。また、どういった行為を医行為から外すか、といった議論も必要になってくるでしょう。
―ところで、老健の介護職員がたんの吸引や経管栄養といった医行為を手掛けることは、現段階では認められていません。それでも現場では、「やむを得ず医行為を手掛けている」という介護職員の声をよく聞きます。
協会のメンバーにそうした実例があるかどうかは、調査をしたことがないので何とも言えません。ただ、利用者やその家族の切迫したニーズを聴けば、"確信犯"としての覚悟を固め、医行為を手掛ける介護職員を養成しようとする老人保健施設の医師がいてもおかしくはないでしょう。もし協会のメンバーに、現実に介護職員に一部医行為を任せている施設があるとするなら、会長という立場上、「よろしくない」と言わざるを得ません。
―会長の肩書がなく、医師として現場に臨むお立場であれば、どうなさいますか。
それは、介護職員に医行為を担ってもらうよう研修を計画するでしょう。
■家族が手掛ける医行為は、介護職員にも任せるべき
―現場からは、たんの吸引や経管栄養だけでなく、もっと多くの医行為を介護職に任せるべきという声も上がっています。
例えば、点滴が終わった後に管を抜く行為は、在宅では家族が手掛けることもあります。しかるべき研修や指導体制を整えた上で、介護職員がやってもいいのではないですか。糖尿病の血中濃度測定も同様です。
まとめるなら、在宅ケアで家族が手掛けている行為は、一定の条件の下で介護職員が実施してもよいと思います。
多くの識者や関係者が言っているように、医療と介護の線引きや役割分担は、抜本的に見直すべき時期に来ています。介護職の医行為は、新たな線引きや役割分担を考える上で、糸口となるのではないでしょうか。そのためにも、医療・介護の連携を日常的に必要としている老健の経験知を存分に生かしてほしいですね。